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市場のご案内

長崎市中央卸売市場の歴史

長崎市における市場のおいたち

第一次世界大戦(大正3年〜大正8年)以来、経済界の変動は、諸物価の騰貴により消費生活を脅かすに至ったので、需給機関の運用によって緩和を図るため、全国的に公設市場が開設された。長崎市においても、大正8年から大正11年にかけて、長崎市本下町(現在:築町)をはじめ数ヶ所に公設小売市場が開設された。
また、公設卸売市場の施策については、品位価格の安定機関を設ける必要性が生じたため、大正9年10月に公設卸売市場の建設工事を起こし、翌10年3月5日、総工費32,804円・面積733坪で問屋業者43店舗を収容し、長崎市築町(現在:銅座町)に開設した。

その後、昭和4年、問屋業者を統合し、長崎青果株式会社(初代社長 :山田鷹治)が創立され、前述の公設卸売市場を使用した。翌5年7月、暴風雨により公設卸売市場の家屋が倒壊したので、長崎市は復旧工事を行い、市監督のもとに卸売市場の発展と業者の育成をはかり、名実共に青果物の集散市場として、その機能を発揮したが、第二次大戦中、統制経済により類似業者を統合し、社名を長崎青果荷受株式会社と改めた。
終戦後、連合軍が進駐し、公設卸売市場は連合軍の使用のため閉鎖となった。
長崎青果荷受株式会社は、閉鎖となったその間、天満分場に移転したが、昭和21年2月、連合軍より引き渡しがあったので、公設卸売市場を応急修理のうえ、天満分場からふたたび公設卸売市場に復帰した。
昭和23年、独占禁止法が制定されたことにともない、長崎青果荷受株式会社は、旧名の長崎青果株式会社に復し、さらに、長崎中央青果株式会社を含め4社が設立され、昭和26年12月から5社が公設卸売市場を使用した。

長崎青果株式会社 初代社長:山田 鷹治
長崎中央青果株式会社 初代社長:山辺 幸家・・・後、解散
長崎農産株式会社 初代社長:秋吉 正夫・・・後、解散
(昭和29年12月 長崎丸協青果  初代社長:馬場満雄)
長崎天満青果株式会社 初代社長:岡田 寿吉
丸冨青果株式会社 初代社長:冨永 精正
大長青果株式会社 初代社長:小西半治郎

長崎市尾上町時代の市場(昭和48年)
長崎市尾上町時代の市場(昭和48年)

昭和34年9月、出島地区土地区画整理事業に伴い、築町の公設卸売市場は移転の必要性が生じたので、長崎市尾上町の旧魚市場と交換し、旧魚市場を改修のうえ、5社の青果卸売会社が移転入場した。その後、長崎青果株式会社・大長青果株式会社が統合して、昭和47年8月22日に新会社「長崎大同青果株式会社」を設立、また長崎天満青果株式会社・長崎丸協青果株式会社・丸冨青果株式会社が統合して、昭和49年5月15日に新会社「株式会社 長果」を設立し、昭和50年1月から2社で営業を開始した。

長崎市青果地方卸売市場

長崎市は、昭和48年4月、長崎県から長崎市青果地方卸売市場の開設許可を受け、市場の管理を行っていたが、近年の需要の増大による取扱量の増加によって長崎市尾上町の当地方卸売市場は狭隘となり、野菜・果実ともに収容しきれない状態が続いていた。また、国鉄長崎駅に隣接していたため、周囲には民公営の企業が密集し当地方卸売市場附近の交通は輻そう麻痺の状態であった。

長崎市中央卸売市場の開設

現在の場所が「東望の浜海水浴場」であった頃の風景
現在の場所が「東望の浜海水浴場」であった頃の風景

長崎市は昭和50年6月24日、農林省(現農林水産省)から中央卸売市場の開設認可を受けて開設者となり、また昭和50年7月1日、卸売業者2社(長崎大同青果株式会社・ 株式会社 長果)・仲卸業者30社・売買参加者427名・関連事業者22業者で、長崎市をはじめ周辺地区1市18ヶ町にわたり、青果物の安定供給及び広域流通をめざし、長崎市田中町において中央卸売市場としての業務の第一歩をしるした。

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長崎市中央卸売市場の歴史

昭和37年11月 青果市場の拡張及び移転の陳情
〜昭和42年7月 (青果業者・東長崎地区振興協議会)
昭和42年1月 長崎市及び青果業者と青果市場移転候補地について具体的協議
昭和43年9月 青果市場整備に関する調査について産業経済委員会付託
昭和44年2月 長崎市長より青果市場候補地として長崎市川平町を発表
3月 中央卸売市場建設に関する調査について産業経済委員会付託
4月 東長崎地区へ青果市場誘致陳情(東長崎地区振興協議会)
12月 長崎市川平町を取り止め、東長崎東望の浜埋立地へ青果市場建設陳情(青果業者)
昭和45年6月 昭和44年12月と同趣旨陳情(青果業者)
昭和46年3月 東長崎地区へ青果市場誘致再陳情(東長崎地区振興協議会・農協団体ほか)
4月 卸売市場法制定
11月 卸売市場法に基づき、第一次長崎市中央卸売市場整備計画書を農林省へ提出
昭和47年2月 中央卸売市場開設必要都市指定(卸売市場法に基づく国の市場整備計画・全国25都市)
7月 中央卸売市場建設用地として、東長崎東望の浜建設用地を青果業者に提示了承
8月 市議会全員協議会で東望の浜建設用地を説明
「長崎大同青果株式会社」設立。 大長青果(株)・丸協青果(株)・丸富青果(株)出資
 昭和49年5月 「株式会社 長果」に名称変更
11月 中央卸売市場建設計画について、東長崎地区地元住民に説明会
昭和48年4月 昭和48年度長崎市中央卸売市場事業計画書を農林部へ提出(48年6月変更差替)
4月〜7月 青果業者と中央卸売市場配置規模並びに農林省と中央卸売市場配置について検討・中央卸売市場施設配置規模決定
10月 昭和48年度中央卸売市場建設費国庫補助金内示
中央卸売市場事業特別会計設置(臨時市議会)
昭和49年1月 建設工事起工式
7月 長崎大同青果(株)・(株)長果 営業譲渡(公正取引委員会受理)
10月 長崎市中央卸売市場開設運営協議会発足
昭和50年1月 新会社2社(長崎大同(株)・(株)長果) 地方卸売市場において営業開始
3月 長崎市中央卸売市場業務条例公布
5月 長崎中央市場冷蔵株式会社設立
6月 第二次長崎市中央卸売市場整備計画書を農林省へ提出
長崎市は、価格安定事業対象市場指定
長崎市中央卸売市場開場(昭和50年6月24日)
7月 長崎市中央卸売市場業務開始(昭和50年7月1日)
卸売業者: 長崎大同青果株式会社・株式会社 長果
仲卸業者: 長崎市青果卸業組合(昭和51年4月長崎市青果卸業協同組合に名称変更)
売買参加者: 長崎青果卸業組合・長崎市浦上青果食品小売商組合・長崎市青果物商業共同組合
8月 長崎中央市場サービス株式会社設立
昭和51年8月 大長崎青果組合設立
9月 長崎協和青果組合設立
昭和53年6月 給油取扱所設置
昭和59年4月 長崎新青果組合設立
昭和60年12月 長崎市中央卸売市場開設10周年記念式典
昭和63年8月 買荷保管積込所(売買参加者専用)増築完成
平成2年11月 買荷保管積込所(仲卸業者専用)増築完成
平成3年9月 台風19号(平成3年9月27日発生)により卸売場等の浸水、各施設の破損の被害を受ける(開設者の被害金額)
平成4年3月 卸売場棟南北庇増築完成
平成4年12月 卸売場棟床面改良事業完成
平成5年3月 下水道切替事業完成
平成7年3月 屋上防水工事完成(関連商品売場棟、卸売場棟)
平成7年10月

長崎市中央卸売市場開設20周年記念式典・青果市場フェスティバル

長崎市中央卸売市場開設20周年記念式典・青果市場フェスティバル
平成8年3月 屋上防水工事完成(卸売場棟)
平成8年5月 長崎中央市場冷蔵株式会社解散(6月30日廃止)
平成9年3月 低温卸売場施設完成(卸売場棟)
平成12年4月 長崎市中央卸売市場取引委員会設置
平成13年9月 生ゴミ分解消滅装置完成
平成17年10月

長崎市中央卸売市場開設30周年式典・青果まつり

長崎市中央卸売市場開設30周年式典・青果まつり

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